« 『随(かんながら)神-意識の扉を開く鍵-』 阿部敏郎著 | トップページ | 友達ってありがたい! »

2010年5月25日 (火)

悟った人は普通の人

このブログでも度々紹介している、雲黒斎さんが、『神との対話』シリーズの著者、ニールさんの講演会に行ってこられたそうで、その内容の一部をブログにシェアしてくださっています。


『神との対話』シリーズは、かれこれ10年ほど前に読んで、とっても衝撃を受けました。

日本で、神との対話を広めようとするグループにも、ちょっとだけ関わったこともありました。

私の第二スピリチュアル・マイブーム(←笑  ちなみに、第一は小・中学校の時)初期の頃に出会った本です。


当時は、「悟った人というのは、ものすごく人間が出来た人に違いない」と思い込んでいたので、実際のニールさんと関わる人から、あまりよろしくないニールさん像を聞かされて、とっても幻滅したのも覚えています。


それと同時に、「神との対話」というのも、私の中で、格付けが落ちてしまいました(笑)

あれから10年。


雲黒斎さんも、「いまここ塾」の阿部さんも、

「悟った人は普通の人。」

と、声を揃えて仰っているのを聞き、

今となっては、ニールさんがどんなに人間臭いところがあったって、それは当然の事だと受けとめています。


きっと、ニールさん自身も、彼が発信するメッセージと、本当の(人間としての)自分とのギャップに、苦しめられた時期もあったのだろうと思います。

本当に悟ってしまえば、周りが自分の事をどう思おうが関係ないので、苦しむこともないとは思いますが・・・でも、心が痛むことはあるでしょうね、きっと。

それに、この10年の間に、ニールさん自身も、人間的にものすごく成長されたでしょうし。(なんか、上から目線ですみません・・・。私も10年の間にものすごく成長しましたよ!まだまだ途中ですけど(笑))


ある意味、悟ってからの方が、修行なのかもしれません。

全てに良い悪いもなく、上も下も無く、ただ、永遠に続く今があるだけで、しなければいけないコトも何も無い・・・


これに気付くと、人生が無意味に思えるときがあります。(私だけかなぁ・・・)


本質的にはそうなんです。
しなければいけないことはないですし、より良い人間になろうとする必要もないのですが・・・

「目標」とか「より良い自分になるために努力する」というのは、人間としての「生き甲斐」に繋がる、とても大切な部分であるように思います。


「人間」という肉体、すなわち、物質で制限されていて、思考も制限されていて、自我という窓を通してしか景色を見ることができず、神(宇宙)からの視点である全体像が見えないという、ハンデを背負った状態で、私たちの魂の本質である「愛」をいかに表現していくか。

それが、チャレンジであり、人間として生まれてきた醍醐味であり、レッスンの一つなのではないかと思います。

何かに向かって努力している時の方が、私はとっても楽しいし、そういう自分が好きです もしかして、これも、人それぞれなのかも知れませんね

努力する必要はなくったって、努力するのが好きだから、努力する。 きっと、それでいいのだと思います。


「悟る」というのは、「自分が何者か知ること」であるとも思います。

そして、それを知った結果、「普通の人だった」というのが、悟った人みんなの共通点のようです


だから、悟っていようがいまいが、結局は同じ事だというのが、今の私の理解しているところです。

今日も読んでくださって、ありがとうございました

|

« 『随(かんながら)神-意識の扉を開く鍵-』 阿部敏郎著 | トップページ | 友達ってありがたい! »

コメント

雲黒斎さんも『いまここ塾』の阿部さん も心に響いてすうっと入ってきて納得してしまうメッセージを書いていらっしゃるので大好きです! エリックのリコネクション哲学と同じ事を言われてる時があるなて思いますよ だから余計に納得してしまいます

投稿: サリー | 2010年5月27日 (木) 23時21分

サリーさん

いつもありがとうございます
私も同じ風に思います(^^)

黒斎さんも阿部さんも、同じ事を、違った切り口から話されているので、面白いし、分かり易いですよね(^^)

そして、やっぱりリコネクション哲学も、同じ事だと思うとき、多々ありますよね~

投稿: さち♪(管理人) | 2010年5月27日 (木) 23時39分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 『随(かんながら)神-意識の扉を開く鍵-』 阿部敏郎著 | トップページ | 友達ってありがたい! »