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2009年11月 2日 (月)

『楽しい人生を生きる宇宙法則』 小林正観 著 (講談社)

2006年に初版が発行されたのですが、これを読んで小林正観さんの教えがよくわかったように思います。

最後にはQ&Aが書かれていますので、ピンポイントで知りたい場合もいいかもしれません。(でもここだけ読んでも、「なんで?」って思うと思いますが・・・)

現時点の私的には、彼の理論には8割賛成です。不平不満を口にせず、つねに「ありがとう」を言うと、本当に「ありがとう」と言いたくなる事が沢山起こるとか、相手を変えずに自分が変わろう、ということなんかは、沢山の方が言われている共通点ですね

賛成できない点が2つあって、「未来は決まっている」ということと「頼まれごとをこなすだけでいい」ということ。

「未来は決まっている」というのは、ある意味「Yes」である意味「No」だと私は思っています。

正観さんの理論では、「ここで、こういう感情を持って、こういう選択をするのも全部決まっている」といいます。

たとえば、受験の話。(前も書いたかな?) 「未来が決まっているなら、勉強しなくていいんじゃないか」と思う人がいますが、「勉強して大学に入る」というプログラムの人は、「勉強しない」という選択肢はないから、必ず勉強して大学に入るそうです。

逆に、そこで勉強をしなくなってしまったら、それもプログラム通りとのこと。

私が納得できないのは、ここです。

人生のプログラムって、1パターンだけじゃないと私は思います。

最近のRPGは、主人公のとった行動によって、エンディングが全く変わってきます。途中で出合う人のセリフやイベントも変わります。それと同じで、いくつものパターンが「プログラム」されていて、「Aをした場合」「Bをした場合」「Cをした場合」、それぞれが用意されていると思うのです。

だから、さっきの受験の例でいくと、「それでも勉強しなきゃ」って思って勉強した場合と、「じゃぁ、勉強しなくていいや」って勉強しなくなった場合、両方とも用意されていると思うんです。

ところが、正観さん理論では、そういった選択肢があるように見せかけても、実際に選択するのは一つしかなく、決まっているとのことです。なぜなら、プログラムを書いた本人の魂がこの身体に宿っているから、かならず、プログラム通りを選択するのだと。

些細なことまでも決まっているとのことで、レストランで食事に迷った時、「うどんにするかそばにするか」とか、食後のドリンクをつけるかとか・・・そんな細かいことまで全部プログラム通りだという考え方です。

まぁ、これは証明できませんから、どっちでもいいのでしょうけど、「全部プログラム通りだ」と考えたら、過去を悔やむ必要もないし、未来を心配する必要もないから、割とあっさりと諦めがつくので、正観さんが一番言いたいこと

「念を入れて生きる=「今」に「心」を入れて生きる=過去や未来ではなく、今、目の前のことを大切にする」

が、すんなりと出来るようになるのではないかと思います。

そういった意味では、正観さん理論で通されるのは、多くの方が救われるのではないかと思います。

ただ、前世療法のブライアン・ワイス博士の本では、退行催眠を通してのチャネリング情報などから、魂の成熟度によって、プログラムをきっちり決めてきているパターンと、大まかにしか決めていないパターンがあるという話があるので、私はこっちを支持しています。

つまり、「今日、何を食べるか」まできっちり決まってない人もいる。

私は、過去・現在・未来は同時進行だと思っているので、「今」 「Aという選択」をしたら、そのように宇宙が全部動き、「Bという選択」をしたら、そのように宇宙が全部動く・・・

予め決まっているのではなく、その都度その都度、過去も未来も書き換えられ(過去の書き換えは、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー2・3」のような感じかな)、全ては調和で成り立っていると思います。

次に、「頼まれごとをする人生」

これは、正観さん独自のパターンだと思います(^^) マヤ暦やって気付いたんですけど、人間は、それぞれ、色んな特徴を持って生まれています。物事を生み出したり、始めたりするのが得意な人、予めできあがったものを更に良くしていく人、変化させるのが得意な人、まとめるのが得意な人・・・。

ですので、「頼まれごとだけをやっていて、天命がわかり、人生がうまく回る」というのは、「正観さんだからこそ」だったと思います。だから、全ての人に当てはまるわけではないと思います。

ただ、「頼まれごと」を快く「ハイハイ」と受けていれば、色んなところに味方が出来るので、自分が困った時に助けてもらえるご縁が沢山できますよね 「不平不満を言わない」ということにも繋がります。

正観さん自身も、「自分が大切にされていないと思うような頼まれ事は断りましょう」と言っていますから、本当に良いご縁を増やしていく為にも、実践してみる価値はあると思います。(ただ、自分が出来ない事を引き受けるのは、相手にも迷惑になるから、やめた方がいいと思います・・・。)

さて、この本の「あとがき」が素晴らしかったので、シェアさせてください。

『楽しい人生を生きる宇宙法則』 小林正観 著 (講談社) p216より

精神分析の祖・フロイトがなくなったのは一九三九年のことでした。
生前、フロイトが面白いことを言っています。

 幸・不幸を論ずる人は、我々の時代以前にはほとんどいなかった。我々が生きた時代の前の時代くらいまでは、通信とか放送とかが未発達で、ほかの人の生活を知ることがなかった。
 通信や放送が発達したために、ほかの人がどのように生きているかがわかり始め、「比べること」があたり前になった。
 その結果、不幸と言う認識が広がった。他人と「比べること」が不幸の源かもしれない。

 幸・不幸源を”見抜いていた”ように思います。

(略)

 もともと宇宙には「成功・失敗」も「勝ち・負け」も存在しません。「成功」の概念が存在しないのだから、「成功哲学」というのもないでしょう。
 「成功」を目ざすのではなく、自分がどう生きるか、に徹することができたら、人生は楽で楽しいものになります。
 もちろん、本人が好きで「比べたり」「成功を求めたり」するのは、私が関与する話ではありません。
 しかし、「悩み」や「苦しみ」が「比べあい」や「成功しなければ」という”上昇志向”に源を発しているとすれば、そんなことにこだわらず、淡々と生きて行くことが人生を楽にすることになります。

 この本は「努力しろ」「頑張れ」の方向とは全くちがう生きかたを説きました。

 悩んで苦しんでいる人が、この本で少しでも楽に生きられるようになったら幸せです。

ということです 

私たちの祖父母の代には、もう既に新聞やラジオがありましたから、フロイトの話はとても貴重ですね。

やっぱり、「他人と比べる」ことが、不幸の始まりなんですね。

確かに「成功哲学」の本を読むよりも、正観さんの本を読んだほうが、よっぽど幸せになると思います なぜなら、「幸せになるための本」だからです
「成功=/=幸せ(成功は必ずしも幸せと結びつかない)」ので、「成功するための本」よりもこっちの方がダイレクトに幸せに結びつきますよね

またまた長文になってしまいました。

お付き合いいただき、ありがとうございます☆

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